【必見!】スーツさんも紹介の「大覚寺展」
2025年3月まで東京上野の東京国立博物館で開催されている「大覚寺展」に行ってきました。旧御所と言われるだけあって圧巻の寺宝の数々でした。
大覚寺とは
正式名称は「旧嵯峨御所大本山大覚寺」といい、嵯峨天皇が離宮を建てたことから歴史が始まります。今からおよそ1200年前の平安時代の初期のことです。その歴史もさることながら、「御所」と名がつきますのでここで院政はもちろんのこと、南北朝を統一するための南北朝会議が執り行われたと伝わります。創建当時は嵯峨院でしたが、大覚寺と称したのは嵯峨天皇の崩御後、皇女の正子内親王が離宮を寺に改めたのがはじまりとされています。
歴代の天皇や皇族が住持した由緒ある門跡寺院(皇族や公家が住職を務めたお寺のこと)であることからわかるように現代の天皇家とも繋がりがありましたので、徳仁天皇も大覚寺展をご鑑賞されていましたね!
スーツさんも動画で紹介
開催自体は動画よりも前に2024年夏に開催された「神護寺展」の際に知ったのですが、スーツさんの動画内でも冒頭に宣伝として紹介されていました。
この紹介動画を取りに行ったのがおそらくこの動画内です。お母様との旅行の行程に挟んだようです。
ちなみに、、、この動画内でもしっかり大覚寺を紹介されています。おそらく大覚寺紹介のオファーは来ていない時期と思うのでしっかり勉強をされて行ったのだと思います。
目玉は「障壁画」「刀剣」、個人的には織田信長・豊臣秀吉の書状
大覚寺展のサイトや図録のトップページは「牡丹図」となっています。これは大覚寺内の宸殿内部の障壁画であり、安土桃山~江戸時代を代表する画家・狩野山楽の作品です。これが100面以上の規模で展示されます。
<刀剣>「髭切」「膝丸」の2銘の日本刀二振りです。これは北野天満宮と大覚寺で所有するもの兄弟刀ですが、今回の企画展に合わせて同時に展示されています。この二振りは源氏の重宝とされ、源頼朝・源義経はもちろん、源氏の名だたる武将が所持した刀のようで、実際に当時の記録も一緒に展示されています。実際に記録されている源義経のところには「平氏討伐後~」と書いてあったのでちょっと鳥肌が立ちました・・すごい記録を見れました。
<織田信長・豊臣(羽柴)秀吉の書状>これは両者が大覚寺の「所領を安堵する」ことを記載した書状なのですが、あの織田信長・豊臣(羽柴)秀吉からの書状ですからね、大覚寺のすごさを思い知らされたとともに両者がいかに大覚寺を大事にしていたかがわかりましたし、「天下布武」の押印を始めて目にできて感動しました!
その他、後宇多天皇のご手形など当時の天皇が遺された貴重な品々も多く展示されていました。みどころの障壁画は撮影が許可されていましたのでここに掲載させていただきます。








まとめ
今回は東京国立博物館で開催されている「大覚寺展」をご紹介しました。こういった企画展は開催期間が短いので気付かないと後悔してしまうことになるので要注意です!また、私の考えですが現地に行かなくても非公開含めて貴重な品々を手軽に観覧することができるのでこういった催しはお財布にも時間的も大変ありがたいです!こういった視点でも博物館の役割がいかに重要かを感じ取っていただければと思います!
最後までお読みいただきありがとうございました!


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